サブカルアキバパパ

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カセットテープ店での一悶着について、嘘と真実の交錯を考察してみる

毎日書いているものとは別に、時事ネタとか今起きている事に関しては、別に書いて見ようと思いましたので、今日は旬のネタについて、ちょっと思う事を話してみようと思います。

 

さてさて、ここ最近でカセットテープ店に行って、ネットで調べて視聴してたら、お店の人に注意されて、それを書き込んだ事が取り上げられ、それに対する反論がお店側と思われる人から上がっていました。

 

両方の文章を読んでいて、もしかしたら、どっちも実は釣りで、中目黒のカセット屋さんがブームと炎上商法を目的としてお客側アカウントもお店側アカウントもどっちも完全にやらせだったりしないかなという可能性も考えられなくも無いよなって思った。

 

まあ、単純にこれによってカセットテープのお店は良くも悪くも有名になった。

 

そして、カセットテープ屋さんの思想を大々的に宣伝することは出来た。

 

しかしながら、別に両方とも釣りという訳でも無さそうかなと思う理由が幾つかある。

 

一つはカセットテープ屋の思想に関してだ。

 

そう、あの思想(お店の禁止事項云々のくだり)については、正直共感出来る人と、ちょっと微妙かもって思う人に分かれるのだ。

 

また、お店側の反論についても、同じ様に共感半分、違和感半分という感じがあります。

 

ここで、完全にお店側の反論によって、ああ、やっぱりお店の方が正しくて、お客側がアレだったのか!って思える内容だったら、逆にお店の宣伝として両方のアカウントを使っての自作自演とも言えなくもないですよね。

 

ですが、お店側の主張が、やや微妙なラインを突いている所が、さじ加減としてある意味では絶妙なのかなとも思う節を思い出しました。

 

それは、ホリエモンが炎上商法を語る上で、一番いいのは、賛成と反対がちょうど51対49くらいに分かれるような議題がちょうどいいみたいな事を言っていたのを思い出しました。

 

そう、今回の話題はまさにどちらの意見についても、割とそんな塩梅なのです。

 

なので、もし仮にこの一連の騒動がカセットテープ屋さんの仕組んだ自作自演だとしたら、この方は相当クレバーな策略家だというのが見込めます。

 

自身が大衆から嫌われるのも厭わない、それでいて、お店の利益になる事を最優先に行動出来る、感情は後回しで理論と行動を優先出来る人なんだなと思います。

 

ただ、世界的にも今はアナログが結構来てますから、まあ、自作自演かそうでないかは置いておいて、このカセットテープのお店のオーナーは少なくともすごい先見の明がある戦略家であるのは間違いないと思います。

 

さて、自作自演で無いとして、いくつかのこの文章の中のこれは本当っぽいなとか、これは違うんじゃね?ってのを勝手に考察します。

 

まず、お店側のはてぶの使い方これであってるのかな?的な文章ですが、これはなんか素人を装った感が否めないようにも感じます。

 

本当はやり方も知っているし、自分のアカウントも持っているけど、それは表に出したくないから、わざわざやっているような、そんな雰囲気も感じられなくもないかなと。

 

それから、お客側の方で、反論についての反論がありましたが、あのツイッターで特定された人については、多分ご本人なのかなと。

 

確かに最初の文章を読んでみると20代位の若い人なのかなと思いましたが、よくよく考えたら、そういうペルソナで書いていたけど、バレちゃったから反論の反論でツイッターの違いだけでも指摘したかったのかなと。

 

なによりツイッターの人には謝れとかって繰り返し書いていたのが気になります。

 

別にそこまでツイッターの人に謝れって言わなくても良いんじゃないかなと。

 

ですが、今の20代だとそういう感覚なのかな?

 

だとしたら、この考察は的外れですね。

 

まあ、ただ、この一連の騒動が文字通りで額面通りに受け止めるとすると、この問題って誰かも言ってましたけど、家電量販店でも起こっている問題なんですよね。

 

で、お店側の主張として店内で検索したりしないで欲しいってあったんですけど、だったら、いっそのこと禁止事項に、

 

「店内でのスマホの操作は、恐縮ではありますが、お控え願いたく存じます。」

 

みたいな文言で店内でのスマホ操作禁止にしちゃえばいいんじゃないかなって思うんですよね。

 

それでいて、店側からみて、明らかに別に迷惑行為でない形でスマホを使っていると判断した場合は容認していれば良いわけで。

 

完全に禁止として店員さんがそれを取り締まるというのではなく、単に疑わしき行為をしている人に対してそういうのやめてねって先に出しておけば良いんじゃないかなとね。

 

んでもって、お店側の反論の中であったんですけど、ご視聴希望の際はお店側に言って、視聴出来ますってありますけど、アレ結構、多分ですけどお願いするのハードル高いですよね。

 

視聴とか試食とか試飲って結局、客寄せプラス、それを与えた人に対しての返報性の法則が働くので、お客としてはなるべく買わなきゃいけないような要因は避けたい訳ですよね。

 

なので仮にお店側が完全に返報性の法則を求めていないのであれば、お店としてもお客さんに完全にご自由にどうぞというのが伝わるように店内の何かなり店員さんの態度なり行動なんかで示してないと、まあ、視聴させて下さいって言いにくいのが正直なところじゃ無いでしょうか。

 

逆に、視聴だけしてやっぱり気に入らなかったから今日は帰ろうって帰ったら、後で視聴だけして帰っていくお客さんは実はテープは消耗品なので迷惑だとか取材の記事とかで言われてしまいそうな雰囲気も、もしかしたら店内にあったのかも知れませんよね。

 

ネットで調べる問題については、家電量販店は真っ向から勝負していますね。

 

勝負の仕方はポイントで、見た目の価格はネットよりも高いけど、割引などを付けた、感覚的な価格を下げて、対抗したり、店員さんがスペシャルアドバイザー的な丁寧に説明したりアドバイスをする、言わば家電のソムリエみたいな人を作って、お客さんに応えて行くことで、関係性を作り、多少ネットの方が安くっても、この人から買おうって思わせる事にチャレンジしています。

 

まあ、この真っ向勝負は物量戦で勝負できる大手だからこそ出来るやり方のなので、個人だとこういう戦い方は出来ませんね。

 

その例に当てはまるかわかりませんが、前に挙げた神保町のコミック高岡は、立ち読み仕放題にしていました。

 

まあ、本件で言う情報の万引ですよね。

 

ですが、コミック高岡ではそれを許容していて、なんでかって言うと、漫画って好きな漫画だったら、やっぱり手元に買っていつでも読める様にしたいのが本当のいい漫画だと思うんですって店員さんが言ってたんですね。

 

それで、店員さんもそうやってやっぱりこれ買いたい!ってお客さんに思わせるような商品を目利きして自信を持って置いてあるので、立ち読みして帰る人がいても、別にそれは厭わないというのがコミック高岡のスタイルでした。

 

これと同じような事がカセットと言わず、CDとかレコード含め、音楽にも言えるんじゃないかなと。

 

要は、本当に気に入った作品って、やっぱり手元に置いておきたいですよね。

 

だから、ネットでググってYou Tubeで曲聴いていようがいまいが、いいと思ったら買うんだと思うです。

 

ですが、無料で聴ける為に、買わないでいいやって選択肢が増えてしまったがゆえに、お客さんが媒体を買うという行為にハードルが上がっているのは確かだと思います。

 

故に、昔のような置いておけば買ってくれる殿様商売は出来なくなってきているとも思います。

 

そこに一工夫も二工夫も必要になって来ているので、商売としては非常に簡単には行かない状況なのだなとも思います。

 

ふとね、お店側が掲げている禁止事項について思ったんですけど、前に本屋で内容をパシャって複写するのがデジタル万引きとして取り上げられたじゃないですか。

 

これってすごく僕としては不自然だなって思ったんです。

 

だって、立ち読みで覚えるのはOKで、カメラでパシャはNG。

 

まあ、感覚的にそれは分かります。

 

ですが、例えばある本のとある一部だけ本当に抜粋して知りたいけど、その本自体がすごく高い場合とかってなんか、それでもその1ページにも満たない文章の為にそのお金をはたくのか?と言われてしまうと、まあ、覚えようってなっちゃいそうな気もします。

 

そして、それが、ツールが発達して手軽にパシャっと撮れる状況に成っていったとすると、それに頼りたくなるのも分からなくもないです。

 

でね、要は、こういうのって節度とお店に対する配慮の問題なんじゃ無いかなって思ったんですよ。

 

例えば、そのすんごく高いけど数行欲しい本は買わないけど、それだけを買わずにパシャって帰ったら、お店にも悪いから、なんか別の安めの本買うみたいな、そういう気遣いというか、まあ、本末転倒と言われたらそうなんですけど、コンビニで立ち読みした駄賃でお菓子やジュース買うアレですよ。

 

そういう文化というか、風潮が写メが流行った時代にお客側にあったら、きっと、本屋側もそれほどそのデジタル万引きとかって騒いだりしなかったと思うんですね。

 

まあ、持ちつ持たれつ的な。

 

本屋も多少は目をつぶるし、お客さんも本屋さんに気は使うみたいな。

 

なんか、多分、そういう関係性というのが希薄になって、人と人っていう感覚から、社会(個人も一つのその人という社会)と社会って感覚になっていったのがある意味でお客もお店も薄情になっていった感じなんじゃ無いかなって思うんです。

 

今回の騒動にしても、そういう感じでお互いにお店もお客さんもコミュニケーションやら信頼関係があれば、どちらの側も歩み寄りがあれば、多分こんな感じにはならなかったのかなって思います。

 

お客さん側を考えると、店員さんの視線を感じていた時点で、スミマセンが~って事情を説明してスマホで視聴していいか聞けばよかったかも知れませんし、お店側を考えると、ずっといる客と疑わしき人に対しても、どうされました?みたいな「接客」すれば良かったのではないかなと。

 

客ではない冷やかしを客に変えるというのも、「他人から客へとひと続きにする」という意味においては接客と言えないかなとも思いました。

 

なので、こんだけ騒がれているのは、きっとどちらもどちらで、片方だけが一方的に悪いというのではなく、喧嘩両成敗じゃ無いですけど、双方に改善の余地があれば、お互いに嫌な思いをしなくて済んだのではないかなと思いました。

 

そして、改めて、この一連の流れを見て、自分も「お店」を利用するのではなく、「人」としてお店に行った時には接しようと思いました。

 

今日はそんなついででした。